「もう、いやだ…」と、部屋の片隅でつぶやいた日
雨が降っていた。
ポツポツと屋根を叩く音が、規則的で、やけに耳に残る。
仕事部屋の隅。
MacBookの画面には、未読のメールが3件。
すべて、クラウドソーシングの「コンペ落選」の通知だった。
ふと、スリッパの中の足が、ひんやりとしていることに気づく。
冷えた足を引っ込めて、膝を抱えた。
「…またダメだったな」
誰にも聞かれない独り言が、部屋の空気を重くした。
独立してフリーランスになって、3年目。
気づけば、1人で仕事をするのが「普通」になっていた。
だけど、今日はどうしても、気持ちが持ち上がらない。
「私、なんのためにWEBデザイナーになったんだっけ…」
かつての職場では、毎日、チームで仕事をしていた。
営業がヒアリングしてくれて、それを私がデザインに落とし込む。
人間関係は面倒なこともあったけど、それでも「ひとりじゃない」安心感があった。
でも、今はどう?
誰かに相談できるわけでもなく。
「あなたにお願いしたい」と言ってくれる人も少ない。
誰かがデザインを直して、名前も出ずに納品されていく。
「このまま、何のために働いてるのかも分からなくなって…」
気づけば、目の奥がじんわりと熱くなる。
自分がHSP気質だと知ったのは、3年前。
「人の感情にすぐ飲まれる」
「音や光、環境に敏感で、疲れやすい」
「ひとりの時間がないと潰れてしまう」
あまりに当てはまりすぎて、怖くなった。
だから、会社を辞めて、フリーランスになった。
もっと「自分に優しくできる」「コミュ障でも働きやすい」働き方をしたくて。
…なのに、現実はどうだろう。
いつも気疲れして、
誰かの評価にビクビクして、
案件がないと自己否定が止まらない。
「もう、ほんとに、いやだ」
声に出した瞬間、
自分でその言葉に驚いた。
でも、それくらい、心が限界だった。
そして、パソコンを閉じて、カーテンを引いた。
部屋は、すぐに暗くなった。
けれど、心の中はもっと暗く、どこまでも深い。
ただ、そんなとき。
布団にくるまったまま、スマホを開いて、
何の気なしにInstagramを開いた。
そして、ある投稿に目が止まった。
【“自分だけの専門”を持てば、疲れなくなります】
──女性フリーランス向けビジネスコンサルタント
「専門…?疲れなくなる…?」
その言葉に、心が少しだけ、ピクリと反応した。
「どういう意味なんだろう…」
指が勝手に、画面をスクロールしていた。
「専門を持つ」という優しさに、心がほどけた夜
Instagramの投稿を開いたまま、
私は静かにスマホの画面を見つめていた。
画面の中には、やわらかい色合いの文字と、
温かみのあるアイコン。
「女性起業家さんに特化したWEBデザイナーさん、
すごく素敵だなぁって思いました」
そんな一文に、胸がふわっとした。
私は、今まで「専門」って聞くと、
すごく狭くて、息苦しいもののような気がしていた。
「私はこれしかできません」って、自分を小さく見せること。
「他はできない人です」って、断ること。
そんな印象が、ずっとどこかにあった。
でも、この投稿の人は、こう書いていた。
「専門特化は、自分をしばるものじゃなくて、
“安心してもらうためのやさしさ”なんです」
「選んでもらうってことは、“誰かの不安を減らす”ってことだから、
“この人なら大丈夫”って思ってもらうための工夫なんです」
その言葉を読んだとき、
胸の奥の、ガチガチに固まっていたものが、
じんわりと溶けていくような感覚がした。
「…もしかして、“専門”って、
人を選ぶための武器じゃなくて、
“自分と相手を、やさしく守る”ためのこと、なのかも…」
今の私は、誰に向けて発信しているのか、はっきりしていない。
クラウドソーシングには「なんでも屋」みたいなプロフィールで登録しているし、
SNSも、「今日はこの案件、明日はこの勉強」とバラバラ。
「ちゃんとした人に見られたい」って思って、
本音を隠した投稿をしていた。
だけど、その投稿の中で紹介されていた事例のWEBデザイナーさんは、
女性起業家に向けて、丁寧に想いを言葉にしていた。
「私は、ビジネス初心者の女性が、安心してスタートできるように、
“やわらかくて、あたたかい世界観”のサイトを作っています」
「言葉にできない想いも、ヒアリングを通してゆっくり形にします。
“うまく話せない”方も、ご安心くださいね」
その文章を読んで、
なぜだか、泣きそうになった。
「私も、“うまく話せない”側だった」
「でも、同じような不安を持ってる人の役に立てるかもしれない」
深夜0時すぎ。
窓の外は、まだ雨が降っていた。
しとしとと、穏やかで、静かで。
その音が、心の中のノイズを、少しずつ流していくような気がした。
ベッドの中で、私はそっと自分に聞いてみた。
「どんな人と仕事がしたい?」
「どんなデザインが、自分にとって“心地いい”って思える?」
答えは、すぐには出なかったけれど、
ほんの少し、胸の奥に“光の粒”みたいなものが灯った気がした。
「やわらかくて、やさしい専門なら、私にも持てるかもしれない」
そう思った夜だった。
その“やわらかい専門”を、見つけるまでの5つのワーク
翌朝。
窓の外は、雨上がりの光が差し込んでいた。
湿った空気と、すこし冷たい床。
でも、心は昨晩より、ほんのすこし軽かった。
私は、ノートを1冊、机の上に置いた。
“自分のための時間”を作ろう。
そう思ったのは、いつぶりだろう。
デザインの勉強を始めたころは、
純粋に「楽しい」って思えていた。
配色に悩む時間も、フォントを選ぶ時間も、
なんだか「自分を表現している」みたいで、心が自由だった。
だけど、仕事になるにつれて、
「ちゃんとしなきゃ」とか「売上を立てなきゃ」とか、
どこか義務のように感じることが増えていた。
そんな私が、今日、始めたのは——
“自分の心が動いた瞬間”を思い出す5つのワーク。
ワーク①:心地よかったクライアントの特徴を書き出す
・初めてなのに、リラックスして話せた人
・質問がやさしくて、答えるのが楽しかった人
・「言葉にできないけど…」って前置きしてくれた人
・「ありがとう、やっぱりお願いしてよかった」って何度も言ってくれた人
書きながら、気づいた。
私が好きなのは、「安心してくれる人」との仕事だった。
ワーク②:心が苦しくなった案件の共通点を挙げる
・メールの返事が急かされる
・電話での打ち合わせを強く求められる
・「プロならわかるでしょ?」という上からの態度
思い返すだけで、胸の奥がズンと重くなる。
「あぁ、私は“急かされること”と“上からくる圧”がすごく苦手なんだ…」
ワーク③:無意識に選んでいる“好きなデザイン”を集める
Pinterestに保存している画像、
過去の自分の制作物、
尊敬しているデザイナーの作品。
共通していたのは——
・やさしい色使い
・白スペースが多め
・手書きっぽいアイコン
・文章が丁寧で、やわらかい雰囲気
「そっか、私の“好き”って、もうここに現れてるんだ」
ワーク④:お客様に言われて嬉しかった言葉
・「丁寧に聞いてくれてうれしかった」
・「言語化できなかった想いを、デザインにしてくれた感じがする」
・「なんだか、心が落ち着きました」
「私、ただデザインするだけじゃなくて、
気持ちに寄り添うことを大切にしてきたんだ」
そんな自分に、ちょっとだけ誇りを持てた。
ワーク⑤:「誰に何を届けたいか」を、そっと言葉にしてみる
ノートの最後に、書いた。
「私は、言葉にできない想いを抱えている女性に、
やさしい世界観のWEBデザインを届けたい」
「うまく話せなくても大丈夫、という安心感を一緒に作っていきたい」
その言葉を書き終えた瞬間、
胸の奥が、ぽっとあたたかくなった。
まるで、霧の中にあった自分の道が、
少しずつ見えてきたような気がした。
たった1日で、何かが完璧に決まったわけじゃない。
でも、昨日までの「私は何者でもない」という不安は、
少しずつ輪郭を持ち始めていた。
「誰かのために」から始まった、小さな転機
あの日から私は、
自分の“好き”と“心地よさ”を軸に、
SNSの発信や、ポートフォリオの見直しを始めた。
いきなり完璧に変えるのは怖かったから、
「まずは自己紹介文だけでも変えてみよう」と思った。
プロフィール欄にこう書いた。
“女性起業家さんの想いを、やさしく形にするWEBデザイナーです”
“話すのが苦手な方にも、安心してご相談いただけるよう、
丁寧なヒアリングと文章化のお手伝いをしています”
書いてみて気づいた。
「これは、“誰か”のための文章だけど、
一番安心しているのは、たぶん私自身だ」
その夜、ひとつのDMが届いた。
「初めまして。突然のご連絡すみません。
投稿の文面を見て、“あ、私のことだ”と思ってしまって…」
「実は、自分でサロンを開きたいと思っていて、
でも自信がなくて。デザインもどう頼めばいいか分からなくて、
誰にも相談できずにいました」
「でも、あなたの言葉があたたかくて、
うまく話せない私でも頼っていいんだって思えて…。
よかったら、一度お話させていただけませんか?」
そのメッセージを読みながら、
私は胸がいっぱいになって、スマホをそっと抱きしめた。
「……こんな私でも、誰かの“安心”になれたんだ」
初めてのヒアリングは、Zoomじゃなくてチャットだった。
「話すのが緊張する」とおっしゃっていたから、
私から提案してみた。
文章だけのやりとり。
だけど、心のこもった言葉が行き交った。
「こんなサロンを開きたいんです」
「この色が好きで、でも派手じゃないほうがいいんです」
そして最後に、その方がこう言ってくれた。
「こんなに丁寧に聞いてもらったの、初めてかもしれません」
「言葉にできなかった気持ちまで、引き出してもらった感じがして…」
「もう、お願いするならあなたがいいって思いました」
その瞬間、胸の奥で“カチッ”と何かがハマったような感覚がした。
「私、これがやりたかったんだ」
「“うまく話せない人”の代わりに、その人の気持ちを形にすること」
「それって、私自身が苦手だったからこそ、できることなんだ」
私の“やわらかい専門”は、
いつの間にか、はっきりと息をしはじめていた。
肩の力を抜いて、生きていける場所を、自分で作る
それからの私は、少しずつ変わった。
SNSの投稿には、できるだけ“素”の気持ちを込めた。
たとえば、こんなふうに——
「Zoomでの打ち合わせ、実はとても緊張してしまうタイプです。
でも、チャットでのやりとりなら、心を落ち着けて丁寧に対応できます。
同じように、人と話すのが苦手な方も、安心してご相談いただけたら嬉しいです」
驚いたことに、そういう投稿にこそ、共感のメッセージが届いた。
「わたしもZoom苦手で…」
「この投稿、泣きそうになりました」
「デザインの相談ってハードル高いと思ってたけど、頼んでみたくなりました」
それは、まるで心が「ほぐれていく」感覚だった。
「ちゃんと話せないと、仕事にならない」
「クライアントと明るく会話できなきゃプロじゃない」
そうやって、自分に貼り付けてきた“正解の仮面”を、
そっと外しても、大丈夫なんだと知った。
仕事の進め方も、自分らしく整えていった。
・ヒアリングはチャットベースで対応可能に
・選べるテンプレートも用意して、言葉にしづらい方でも選びやすく
・納品後には、相手の気持ちに寄り添うメッセージを一通添えるようにした
あるとき、納品したクライアントさんから、こんなメッセージが届いた。
「このサイトを見るたびに、“ああ、自分を大事にしていいんだ”って思えるんです」
「あなたにお願いして、本当によかった。
私も誰かに、そう言ってもらえる存在になりたいなって思いました」
読み終えた瞬間、涙があふれてきた。
画面の前で、ぽろぽろ泣いた。
「わたし、この道を選んでよかった…」
心の底から、そう思えた瞬間だった。
専門を持つことは、誰かを切り捨てることじゃない。
自分の“好き”と“優しさ”を、
ちゃんと届けられるようにするための、やわらかい選択。
今の私は、肩の力を抜いて、仕事をしている。
無理して「明るいふり」をしなくてもいい。
完璧じゃなくても、「この人となら、一緒にやっていきたい」と思ってもらえる。
そんな関係を、少しずつ築けるようになった。
そして今も、心のどこかでは、
「もう一度、会社員という選択肢もいいかも」と思う日もある。
でも、きっと大丈夫。
“自分の感性を大切にする働き方”を知った今の私は、
たとえどんな形になっても、自分を見失わずにいられる。
最後に、あなたへ
ここまで読んでくれたあなたへ。
もしかしたら、今のあなたは、
「何者でもない自分」に落ち込んでいるかもしれません。
でも、大丈夫。
あなたは、もう十分すぎるほどの“繊細さ”と“優しさ”を持っている。
それは、誰かにとっての希望になります。
どうか、あなた自身を置いてきぼりにしないでください。
「疲れずに、自分らしく働く」ことは、
諦めるものではなく、少しずつ近づいていけるものです。
こちらも共感できます。

