HSPで在宅フリーランス。感情に振り回されずWEBデザイナーとして働くためのマインドと習慣

感情に振り回される私が、在宅で心穏やかに働けるようになるまで。のサムネイル画像 HSPエピソード

窓から見える景色に心を委ねた、はじまりの朝

朝の光が、カーテンの隙間からそっと差し込んできた。

まだ街は静かで、聞こえるのは風がベランダの植木を揺らす音と、遠くで誰かが車のドアを閉める音。
窓際のテーブルに置いた観葉植物が、淡い光を浴びて気持ちよさそうに揺れていた。

私は、ゆっくりとキッチンに向かい、お湯を沸かす。
ガスコンロの小さな炎が、音もなく揺れている。
コポコポと湯が沸きはじめるその音さえ、今の私にはちょうどいいBGMだった。

豆を挽く手を止めて、少し目を閉じる。
コーヒーの香ばしさに、体がほっとする。

「今日も大丈夫、ゆっくりでいいから」と、心の中でつぶやくのが、朝の小さな習慣。

マグカップに注いだコーヒーを片手に、窓辺の椅子へ。
ぬくもりが手のひらに伝わるたび、ほんの少しずつ、心のノイズが減っていくような気がした。

私は今、ひとりでWebデザインの仕事をしている。
クライアントと直接やりとりをしながら、名刺やLP、サイトのUIまで幅広く手がける毎日だ。

在宅だからこそ、静かな朝を大切にできる。
でもその一方で、静かすぎる毎日は、時に自分を不安でいっぱいにしてしまうこともある。

なぜだろう。

誰も責めてこないはずの毎日に、
“ちゃんとやれてるかな”
“これでいいのかな”と、不安になることがある。

もしかしたら私は、誰よりも自分に厳しいのかもしれない。

自分の中の基準を下げられない性格。
ちょっとした一言や表情の変化に、必要以上に反応してしまう敏感さ。

昔から、教室の空気の変化や、先生の些細な語調の違いで心がざわついた。
大人になっても、人混みや長時間の会話、予定の詰まったスケジュールには強くストレスを感じてしまう。

「こんな自分じゃ、社会ではやっていけないかも」

そう思ったことは、一度や二度じゃなかった。

でも、だからこそ——

“ひとりで働く”というスタイルは、
私にとって、生きやすさを守る手段でもあった。

とはいえ、それが“孤独”と隣り合わせの選択であることも、わかっていた。

誰かの目がないからこそ、自分で自分を律するしかない。
誰にも相談できないからこそ、不安や迷いが積もっていくこともある。

そんな私の心を、毎朝、ほんの少しだけ整えてくれるのが、
この「窓辺のコーヒー」の時間だった。

——この時間だけは、誰にも邪魔されない。
心をニュートラルに戻すための、大切な場所。

ここから、今日も一歩ずつ。
ゆっくり、でも確かに歩いていこうと思う。

クライアントの「ちょっとした言葉」に揺れる心

「とても繊細ですね。でも、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」

——それは、あるクライアントとのやりとりの中で、ふいに言われた一言だった。

そのとき私は、サイトのデザインに込められた「感情のニュアンス」について、
丁寧に確認を重ねていた。

「このトーンだと、少しだけ伝わり方が変わってしまうかもしれません」
「この言葉遣い、受け取り手によっては少しだけ強く感じてしまうかも」——

そんなふうに、相手の“見えない感情”をすくい取ろうとしながら、慎重に進めていたのだけど。

返ってきたその言葉は、
思いのほか、深く、私の胸に刺さった。

「繊細ですね」

……そう言われることには、慣れていたはずだった。
でも、“そこまで気にしなくても”という後ろの一言が、なんだか「否定された」ような気がして、
心の奥が静かにチクリと痛んだ。

——私は、気にしすぎなのかな。
——もっとドンと構えたほうが、仕事ってうまくいくのかな。

頭ではわかっていた。
相手に悪意があったわけじゃないってことも、
その言葉に責任があるわけでもないってことも。

でも、胸の内側では、何かがくすぶっていた。

自分が丁寧に向き合っていた時間や、
相手の感情を大切にしようとしていた気持ちまで、
なんだか全否定されたような気がして——

その夜は、なかなか眠れなかった。

ベッドの中で、真っ暗な天井を見つめながら思った。

「もっと鈍感だったら、楽なのかな」
「もっと自分のペースを守れる性格だったら、強くなれるのかな」

でも、同時にこうも思った。

「……私、この感受性を失ったら、たぶん、デザインができなくなる」

目には見えない“空気”を感じ取るからこそ、
言葉にできない“想い”をくみ取れるからこそ、
私はクライアントに寄り添ったデザインができていた。

それが「強み」なのか、「弱さ」なのか。
その境界線がわからなくなって、戸惑う夜もある。

けれど——

自分が感じてきたものを、「間違いじゃなかった」と思える日が来るとしたら。
その日を信じて、今はまだ、この揺れ動く心ごと、大切にしてあげたいと思った。

手を止めてしまうほどの不安と、そこにある本当の問い

パソコンの前に座っているのに、指が動かないことがある。

カチッとクリックする音だけが部屋に響いて、
進まないデザインの画面と、沈黙がどこまでも続いていく。

何かを“作る”という行為は、本来、とても尊いことだと思っている。
だけどそのぶん、自分の中にある不安や迷いが、作品にもろに影響してしまう。

「これ、本当にいいのかな……」
「クライアントは気に入ってくれるだろうか」
「この色、ちょっと強すぎるかも……でも、弱すぎるかも……」

そんなふうに、頭の中で“もしも”がぐるぐると渦巻き出すと、
途端に、手が止まってしまう。

「進まない」こと自体が、また新たなプレッシャーになる。
納期は近づくのに、ページは白いまま。

そんな自分に焦って、自己嫌悪して、
深夜に泣きそうになりながら、
「もうダメかもしれない……」って思ったこともある。

でも、あるとき、ふと気づいた。

私は「間違えたくない」のだ。

それは、失敗への恐怖とも違う。
誰かをガッカリさせたり、傷つけたりしたくない。
だからこそ、自分の出すものには、徹底的に責任を持ちたいと思ってしまう。

けれど、それって——

とても誠実な気持ちなのかもしれないなって、
ほんの少しだけ、自分を許せた瞬間でもあった。

完璧を求めて苦しくなるとき、
私はときどき、こんなふうに問い直すようにしている。

「そもそも、どうして私は、この仕事を選んだんだっけ?」
「どうして、誰かの“デザイン”を手伝いたいと思ったんだっけ?」

思い返してみると、最初はただ——

「誰かの想いを、形にしてみたかった」
それだけだった。

複雑な意図も、細かいニュアンスも、
なかなかうまく伝えられないって、もどかしそうにしていた人がいた。

私はその人の目を見て、
「大丈夫、わたしが形にします」と言った。

そのとき感じた“熱”は、今でもずっと、私の中に残っている。

だから、不安で止まってしまう自分に出会ったときは、
「形にしたいと思ったあの気持ち」に、そっと触れてみる。

そうすると、不思議と少しずつ、呼吸が深くなる。
体の緊張がゆるんで、また、少しだけ進めるようになる。

答えはいつも、外じゃなくて、自分の中にある。

そして、不安の正体は、
「誰かのために真剣になっている」自分の優しさかもしれない。

そう思えるようになってから、
私は「手が止まる」ことを、前よりも怖がらなくなった。

なぜ私がデザインしたいのか、問う時間の大切さ

コーヒーを淹れ直しにキッチンへ向かう。
ポットにお湯を注ぎながら、ふと目を閉じた。

こんなふうに、作業の途中で立ち止まる時間が、私はけっこう好きだったりする。

手を動かすばかりが「進む」ことじゃない。
ときには止まって、自分の内側を見つめることも、大切な一歩だと感じるから。

私はどうして、デザインをしたいと思ったんだろう。

最初は、誰かの力になりたかったから。
「ありがとう」って言われたときの、胸の奥がじんわり温かくなるあの感じが、
ただただ嬉しくて、それだけで充分だった。

けれど、時間が経って、案件が増えていくにつれて——

納期、提案、修正、費用対効果、成果報酬。
そういう「仕事としての評価」がちらつくようになっていった。

そのたびに、「好き」の純度が薄れていくようで、
ちょっとだけ、胸の奥がさみしくなった。

でも、そんなある日。

ふとしたきっかけで、クライアントさんがポロッと漏らしたひと言が、私の胸に刺さった。

「実は、前にお願いしてたデザイナーさんには、本音を言えなかったんです」
「でも、あなたには不思議と話せるんですよね」

その言葉を聞いたとき、私は思った。

——あぁ、私は「話してもらえる存在」になりたかったんだ。

デザインは、ただ見た目を整えることじゃない。
クライアントが言葉にできない想いを、そっと引き出して、
「あなたは大丈夫ですよ」って伝えるような、そんな行為なんだと気づいた。

それからというもの、私はデザインに入る前に、
必ずゆっくりと、じっくりと、相手の話を聞く時間をとるようになった。

焦らない。急がない。

一見、無駄に思える時間ほど、
後々の制作で、深い部分にアクセスできる手がかりになる。

その時間が、私にとっても「なぜ作るのか」を思い出させてくれる。

静かな部屋で、自分の内側と会話するようにして進めるデザイン。
それが、私にとっての「やさしい仕事」の形なのかもしれない。

完璧を求めすぎて疲れた、自分への労いと許し

静かな夜だった。

時計の針が23時を過ぎた頃、ようやく作業を終えた私は、
肩をぐるぐるとまわして、深くため息をついた。

リビングのソファに倒れ込むと、猫背になっていた背中がじんわりと伸びる。
目を閉じて、今日一日をそっと振り返る。

——あぁ、また肩に力が入ってたな。
——あの修正、あんなに神経質にならなくてもよかったかもな。

そんなふうに、自分への反省がぽつりぽつりと浮かんでくる。

私は昔から、がんばりすぎてしまうところがある。

「ここまでやらなきゃいけない」と思い込んで、
周りが求めている以上の完成度を目指してしまう。
気がついたら、食事を忘れていたり、夜が明けていたりすることもあった。

“完璧でいたい”という気持ちは、たぶん、怖いから。

失敗するのが怖い。
迷惑をかけるのが怖い。
嫌われるのが怖い。

だから、失敗を未然に防ぐために、
あらゆる可能性をつぶしておこうとする。
そうやって、どんどん自分を追い込んでしまう。

でも、ある日ふと気づいた。

「自分を守るために、完璧を目指していたはずなのに、
 その“完璧主義”が、いちばん自分を傷つけてるんじゃないか」って。

少しでもミスをした自分を責めるたびに、
「まだまだ」「足りない」「もっとやれた」と、自分を突き放してしまう。

誰かの言葉に傷ついたときよりも、
自分の言葉で傷ついてるときの方が、ずっと深いと感じることもあった。

そんなとき、私は自分にこう言い聞かせる。

「よくやったね」
「それだけ悩んだってことは、すごく大切に思ってたんだね」
「今日のあなた、本当によくがんばってたよ」

最初は照れくさかったけど、
慣れてくると、少しずつ、自分の心がほぐれていくのがわかる。

責めるよりも、労う。
叱るよりも、許す。

それだけで、明日の自分が、少しだけ軽くなる。

「がんばらなくてもいいよ」とは、まだ言えないけれど——
「そんなにがんばらなくても、大丈夫だよ」とは言ってあげられる。

その言葉を、自分自身に一番届けたかったのかもしれない。

相手の想いに触れて、信頼をつくれた瞬間の温かさ

「この色、実は祖母の好きだった色なんです」
「見た瞬間に涙が出そうになって……本当にありがとうございます」

そのメッセージを見たとき、私はそっと手を止めた。

静かな部屋に、自分の心音だけが響いていた。
胸の奥が、じんわりとあたたかくなるのを感じながら、私は深く息を吐いた。

この案件は、ある手作り雑貨のECサイト制作だった。
クライアントは、60代の女性で、もともとは教師をされていた方。

彼女は、退職後に始めた趣味の刺繍をきっかけに、
「誰かの心を、そっとあたためられるような商品を届けたい」と話していた。

最初の打ち合わせで、彼女はこう言った。

「デザインのことはよく分からないんです。
 でも、“想い”だけは、しっかりと伝えたいと思っていて……」

私はその言葉を聞いた瞬間、「この人のために、絶対に誠実でいたい」と感じた。

何度もやりとりを重ねて、
デザインの方向性を少しずつ調整していった。

言葉にしづらい感覚やイメージを引き出すために、
私は、質問をいくつも投げかけてみた。

「どんな風景が好きですか?」
「その作品を使った人が、どんな気持ちになるといいと思いますか?」
「あなたが一番“心を込めた”作品って、どれですか?」

そうして、ぽつりぽつりと語られたエピソードの中に、
彼女の大切な記憶がいくつも詰まっていた。

亡くなったおばあちゃんの話。
大好きだった庭の花。
昔、一緒に作ったクッションの模様。

私は、その記憶の色や形をそっとすくいあげて、
デザインに込めていった。

だからこそ、完成後に届いたあのメッセージは——

私にとって、「報酬」以上の意味があった。

“デザインって、こんなふうに信頼をつくれるものなんだ”

感情のこもった言葉が、画面越しでも心に届くとき。
それは、きっと私が「真剣に想いに寄り添えた」証なんだと思う。

正解のない世界で、何が正解なのかずっと分からなかったけれど、
この瞬間だけは、間違いなく「私のしていることは、大切なことなんだ」と思えた。

そのあと、彼女はそっとこう言ってくれた。

「あなたに頼んで、本当によかったです。
 今まででいちばん、安心して話せました」

私は、言葉が出なかった。
ただ、何度も何度も「ありがとうございます」と繰り返しながら、
涙をこらえるので精一杯だった。

この仕事をしていて、本当によかった。

そう、心から思えた夜だった。

ゆっくり歩むこれからのデザインと、あなたへのエール

最近、焦ることが減ってきた気がする。

「早く結果を出さなきゃ」
「もっとがんばらなきゃ」
「追いつかなきゃ」

そんなふうに、どこかで“競争”の中にいた感覚が、
少しずつ、ゆるんできた。

今は、「ひとつひとつを丁寧に続ける」ことの方が、ずっと大事に思える。

朝のコーヒー。
一通のメールへの返信。
自分の部屋の空気を整えること。

どれも小さなことだけど、
そうした“積み重ね”が、私の仕事を支えてくれている気がするのだ。

きっと私は、これからもすごい人にはなれない。

目立つ賞を取ることもなければ、
何万フォロワーのSNSでバズるようなデザインをすることもないかもしれない。

でも、それでも——

ひとりひとりの想いに、丁寧に耳を傾けて、
一緒に“かたち”をつくっていける人でありたい。

何年経っても、「あなたに頼んでよかった」と言ってもらえるような、
静かな信頼を築いていけたら、それで充分だなって思う。

あなたは、今どんな気持ちでこの文章を読んでいますか?

もしかしたら、少し自信をなくしているかもしれない。
誰かと比べて、息が苦しくなっているかもしれない。
「こんな自分じゃダメだ」と、責めてしまっているかもしれない。

でも、私は伝えたい。

あなたのその“感じやすさ”も、“繊細さ”も、
誰かを深く想える力なんだってことを。

あなたが傷つきやすいのは、
ちゃんと他人を大切にできる、やさしい心を持っているからなんだってことを。

私は、これからもひとりで静かに仕事を続けていく。

でも、きっとその道の途中で、
同じように静かにがんばっている誰かと、そっとすれ違うことがあると思う。

そのとき、何も言わなくても、
お互いに「あ、わかるよ」って目が合うような——
そんな繋がりが、きっとあるんじゃないかなって思ってる。

ゆっくりで、大丈夫。

自分のペースを、どうか信じてあげてくださいね。

そして、もしあなたがいつか、
自分の“感じる力”に自信を持てたなら——

きっと、それはとても素敵な未来の始まりになると思います。

今日も、ここまで読んでくれてありがとう。

あなたの静かな努力が、誰かの心をそっと灯しますように。


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