孤独な夜に、PCの前で泣いた日
「また…同じだ」
MacBookの前で、私は目を伏せました。
開いたままのFigma。
カラーパレットとタイポグラフィの案をいくつか並べてみたけれど、どれもしっくりこない。
いや、違う。「しっくりこない」のは、色でも文字でもない。
画面の中の“私”が、自信なさげに揺れてるからなんだと思う。
夜の11時。
外はもう静まり返っていて、時折どこかの猫の鳴き声だけがかすかに響く。
窓の外を見上げれば、真っ暗な空にぽつんと浮かぶ小さな月。
私の心も、まるでその月みたいに、ぽつんと浮かんでいた。
フリーランスのWEBデザイナーとして、もうすぐ3年目。
SNSでは「好きなことで自由に働いてます!」なんて書いてるけど、実際の私は、そんなカッコいいものじゃない。
最近、特に夜になると、マイナスの感情が表に出てくる。
日中はなんとか頑張れるんです。
クライアントさんとのやりとりをして、納期を意識して作業して、買い物に行って、ご飯を作って。
それなりに“ちゃんとした大人”を演じられてると思う。
でも、夜になると、ダメなんです。
何かがほどけるみたいに、感情が溢れてくる。
「なんで、こんなに不安なんだろう」
「この方向で合ってるのかな…」
「みんなすごいのに、私は…」
特にHSP気質のせいなのか、SNSで誰かが「月商100万円達成しました!」なんて投稿してるのを見ただけで、しばらく動けなくなる。
比べたくない。
でも、勝手に比べてしまう。
そして、どんどん落ち込んでいく。
「自分にはセンスがない」「頭が悪い」「行動力もない」
自己否定のスパイラルに飲まれて、ただただ画面を見つめながら、気持ちが押しつぶされそうになる。
机の上には、冷めきったハーブティー。
机の端には、昨日開きっぱなしにしたままのスケジュール帳が乗ってる。
見開きには、「今月こそはSNS発信を毎日やる!」と書かれていたけれど、実際にはもう5日も投稿していない。
そもそも、何を発信したらいいか分からなかった。
おしゃれなデザイン?役立つTips?
それとも、自分の感じていること?
頭の中では、「見られる」「評価される」「変に思われるかも」っていう声が、ひたすら鳴り響いていた。
そして、「何も出せない」自分を責める。
そんな夜が、何度も何度もあった。
“正解が分からない”日々に気づいた、ある法則
「私は、どうしてWebデザイナーになったんだっけ…」
そんな問いが、ふと頭に浮かんだのは、ある朝のことでした。
前日の夜もまた泣いて、目が少し腫れていました。
ベッドの中でしばらく動けず、ようやく起きてきた私は、温かいコーヒーをいれて、久しぶりにお気に入りのノートを開きました。
そのノートは、Webデザイナーになろうと決めた頃から使っていたもの。
アイディアのメモ、講座で学んだこと、デザインの参考資料――そんなものが雑多に書かれています。
でもその日、私は“技術”ではなく、“気持ち”を書いてみたくなったんです。
「なんで、この道を選んだんだろう」
「何にワクワクしてたんだっけ」
「私が“これだ”って思った瞬間って、どんなだった?」
書いてみると、出てきたのは意外とシンプルなことでした。
- 「自分の想いを、誰かにちゃんと届けられる人になりたい」
- 「見えない想いを、かたちにするって、なんて素敵なんだろう」
- 「私にしかできない“やさしさ”を、デザインで伝えたい」
そうだった。
私、誰かの“言葉にならない想い”をデザインにすることが好きだったんだ。
それを見た人が、「これ、私の気持ちそのまんまです」って言ってくれると、胸がじんわりあったかくなる。
それが、何よりの報酬だった。
なのに。
いつからか、私は「稼げる方法」「フォロワーの増やし方」「売れる構成」ばかりを追いかけていました。
それ自体が悪いわけじゃないけれど、自分の「好き」や「想い」を完全に置き去りにしていたんです。
そんなとき、たまたまYouTubeで見つけた動画がありました。
タイトルは、「ゴールデンサークル理論」。
サイモン・シネックという人物が、「Why(なぜ)から始めよ」と話しているTEDトークです。
そのプレゼンを見たとき、私の中で何かが“カチッ”とはまりました。
「人は、“何を買うか”ではなく、“なぜそれを買うのか”で動く」
「『なぜこの仕事をするのか』という想いに、人は共感する」
Appleがなぜここまで支持されているのか。
それは製品のスペック(What)や機能(How)ではなく、「私たちは世界を変えたい」という理念(Why)があるからだ。
私はそれを聞いたとき、なぜか涙が出てきました。
自分がずっと悩んでいたことのヒントが、そこにあったから。
「正解がわからない」のは、自分の“Why”が見えなくなっていたからだったんです。
「Why」――なぜ私はこの仕事を選んだのか。
それが、自分の中でぐらついていたから、何を発信すればいいかも、どんなお客さまと出会いたいかも分からなくなっていた。
心の中にぽっかり空いた穴に、そっと灯がともるような感覚でした。
Appleに学んだ、「なぜ」から始める働き方
TEDトークを見終わったあと、私はそのまま、ぼーっと画面を見つめていました。
静かな感動とともに、ひとつの思いが頭をよぎったんです。
「私、この“なぜ”をちゃんと伝えてこなかったな…」
どんなに丁寧にデザインをしても。
どれだけわかりやすくレイアウトを組んでも。
「なぜ、それをやっているのか」が抜け落ちていたら、心には届かないのかもしれない。
思えば、今までクライアントさんに「制作の強みはなんですか?」と聞かれても、私はずっと技術的なことばかり答えてきました。
- 「女性向けのデザインが得意です」
- 「シンプルで読みやすい構成ができます」
- 「レスポンシブ対応も丁寧にします」
でも、それってすべて“How”と“What”なんですよね。
- 「なぜ私はこの仕事をしているのか」
- 「なぜこの人に関わりたいと思ったのか」
- 「なぜ私はこのデザインにこだわるのか」
そこが、すっぽりと抜けていたことに気づいた瞬間。
胸の奥に、チクリと痛みのようなものを感じました。
でも同時に、「それに気づけたこと」自体が、私にとっての前進だったんです。
私はさっそく、過去のクライアントワークを振り返ることにしました。
- 「どんなときに、心が動いたのか」
- 「どんなクライアントの言葉が嬉しかったのか」
- 「逆に、どんな時に違和感があったのか」
ノートに箇条書きしていくと、あることに気づきました。
私が心からやりがいを感じたのは、
“商品ではなく「想い」を届けたい”という人たちの仕事だったんです。
たとえば、
- 子育てをがんばるママを応援したい助産師さん
- 自分の体験をもとに心の悩みをサポートしているカウンセラーさん
- 手作りの雑貨に“物語”を込めて届けているクラフト作家さん
そういう人たちの言葉には、共通点がありました。
それは、「誰かの心を救いたい」という真摯な想い。
それを聞くたびに、私は心が動いたし、
「この人の気持ちを、もっと伝わる形にしてあげたい」と自然に思えていたんです。
つまり、私が大事にしていた“Why”は、
**「目に見えない想いを、そっと言葉やデザインにのせて届けること」**だった。
私はAppleの理念「Think Different(違いを生み出そう)」や「Think Simple(シンプルに考える)」と同じように、
自分なりの理念を一言で表すなら――
「やさしさを、かたちに」
そんな言葉が浮かんできました。
その一言を思いついたとき、なんだか肩の力がふっと抜けたんです。
「これでいいんだ」
「私は、こういう働き方をしたかったんだ」
って、じんわり思えたから。
心の奥にあった理念を、初めて言葉にした日
その日、私はひとつ深呼吸をして、Instagramのアプリを開きました。
何度も投稿しようとしては、下書きのまま消していたアカウント。
何を投稿したらいいか分からなくなって、見る専門になっていたページ。
でもこの日だけは、心の中に言いたいことが明確にあったんです。
それは、「私は、やさしさを、かたちにしたい」という想い。
それだけ。
デザインのテクニックでも、華やかな制作実績でもなくて。
もっと手前の、“心の奥の声”でした。
私は、短い言葉と、ほんの少しの自分の背景を書きました。
「HSPで、フリーランスで、ずっと不安ばかりでした。
でも最近、自分がこの仕事をしている“理由”に気づきました。
それは、誰かの“やさしさ”を、デザインでそっと届けたいからです。」
思い切って、投稿ボタンを押しました。
指が震えるような気持ち。
心臓のあたりが、ふわふわと落ち着かない。
でも、どこかで分かっていたんです。
「今の私は、自分の本音で発信できてる」って。
投稿してしばらくすると、フォロワーの少ない私のもとにも、いくつかの“反応”が届きました。
- 「なんだか、心にすっと入ってきました」
- 「私も、誰かの想いを届けられる人になりたくて…泣きそうになりました」
- 「こんなふうに感じながら働いてる人がいるって知れて、安心しました」
いいねの数じゃなくて、その“言葉”のひとつひとつが、心に染みました。
それまでは、自分の価値を「数字」で測ろうとしてた。
反応が少なければ、「自分は魅力がない」と思ってた。
でも違った。
たったひとりでも、共感してくれる人がいたら、
そこにはちゃんと“つながり”が生まれるんだと、実感しました。
それから、少しずつ「発信」に対する抵抗がなくなっていきました。
「もっと、ありのままでいいんだ」
「完璧じゃなくていい。むしろ、感情を見せた方が伝わる」
そう思えるようになったのは、自分の「Why=なぜ」に気づけたから。
誰かに教えたくなるようなマーケティング理論じゃなかったけど、
私にとっては、確かな“はじまり”でした。
そして数週間後、ある人からのメッセージが届いたんです。
「あなたにお願いしたい」と言われた、あの瞬間
「はじめまして。突然のDM失礼します。
インスタであなたの投稿を読んで、涙が出そうになって…
この人にお願いしたいって、心から思いました。」
そのメッセージを見た瞬間、私は、しばらく言葉を失いました。
何度も、何度も読み返して。
そして、気づいたら目からぽろっと涙がこぼれていました。
初めてだったんです。
技術の説明も、実績の提示もしていない私に、
「あなたの“想い”に惹かれました」と言ってくれた人が現れたのは。
その方は、子どもの不登校で悩むママをサポートしているカウンセラーさんでした。
今まで、自分の経験をもとにブログを書いていたけれど、
「もっとちゃんと伝えたい。でも、どう形にすればいいかわからない」
そんな思いを抱えていたそうです。
「あなたの投稿を読んで、“この人なら分かってくれる”と思えました。
きっと、うまく言葉にできない私の想いも、ちゃんとくみ取ってくれる気がして。」
それは、まさに私がやりたかったことでした。
「伝えたいけど、伝えきれない」
そんな誰かの想いを、そっとすくって、言葉とデザインで届けること。
私は、はじめての打ち合わせで、できるだけ耳を傾けることに集中しました。
その方の声のトーン、話すスピード、間の取り方。
目には見えない“感情”を拾うように、静かに、丁寧に話を聞いて。
「こういう雰囲気の言葉で表現したら、伝わる気がします」
「この色味は、あなたのやさしさに近い気がして…」
そうやって一つひとつ、形にしていくうちに、画面の中にその人の“想い”が宿っていきました。
納品した日、彼女からこんなメッセージをもらいました。
「初めて、自分の言葉に自信が持てました。
これが私なんだって、思えたんです。
本当にありがとう。」
私は、その言葉を見ながら、こっそり机の下で拳をぎゅっと握りました。
嬉しくて、悔しくて、愛おしくて――
全部の感情が混ざった、泣き笑いみたいな気持ちでした。
「私、やっとスタート地点に立てたのかもしれない」
そう、心から思ったんです。
今は、感情で選ばれるデザイナーになれた
あれから、少しずつだけど、私の働き方は変わっていきました。
たくさんの仕事をこなして「売上を上げる」ことよりも、
たったひとりの心に届く仕事を「丁寧に仕上げる」ことを、何より大事にするようになりました。
「この人の“想い”を伝えるには、どうすればいいんだろう」
「この言葉は、相手の心にちゃんと届くだろうか」
「この色、この余白、この写真…どれも、その人らしさを宿してるかな?」
そんなふうに、画面の向こうの“人”をちゃんと感じながら、仕事をしています。
それって、一見すると効率は悪いかもしれない。
時間もかかるし、クライアントとの対話も多いし、
見積もりの段階でお断りされることも、正直あります。
でも、その中で「あなたにお願いしたい」と言ってくれる人たちは、
私の“理念”や“想い”に共鳴してくれている人たちです。
価格ではなく、価値で選んでくれる。
スピードではなく、信頼で選んでくれる。
それが、こんなにも心地よくて、満たされるなんて。
過去の私が知ったら、信じられないかもしれません。
今の私は、もう誰とも比べていません。
SNSを見て落ち込むことも、焦ることもあるけれど、
「この人はこの人」「私は私」って、ちゃんと自分に戻ってこられる。
それは、「私はなぜこの仕事をしているのか?」という問いに、答えられるようになったからだと思います。
自分の“Why”が定まると、迷いが減ります。
不安もゼロにはならないけど、飲み込まれることはなくなります。
自分が届けたいものを、自分の言葉で、発信できるようになります。
そして何より。
同じように“想い”を大切にする人たちと、仕事ができるようになります。
私の中で、ずっと願っていたこと――
「やさしさを、かたちにして、誰かに届けること」
それが、今、少しずつ叶っているんです。
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